9月6日という日

今日は休み。前もってこの日に休みたいと希望を出していた。

もう30年以上昔のことであるが・・・父親が倒れたのは神戸市内。今でいう脳梗塞みたいなものであろう。倒れた近くの知り合いにたちに看取られて、夜遅く寝台車で帰ってきた。

父は当時、高校の教頭であった。倒れた直後から意識がなく、校医さん達に見守られて亡くなったらしい。

実は家族のだれもが父の亡くなる時は知らない。倒れてすぐに亡くなったのであろう。

私が大学4年の秋のこと。中の弟が大学1年生で大阪で下宿をしていた。末の弟は中学生であった。

その後の私たちの生活は、あまり人に言えるようなものではない。でも今はみんな1人前になって幸せに暮らしている。そして私は医療の世界にどっぷり漬かっている。

医療は本当に進歩した。父はよく頭が痛いと言って大学病院に通っていたが、CTもMRIもない時代であった。
万が一今の時代にいても片麻痺が残って家族はその介護で苦労したかもしれない。親の30年の法事をする子供は不幸だと言われているが(もうとっくに済ませた)・・・
残された母は、相変わらずぐずぐず・・・何回「しんどい」といったことか?

家族のだれにもみとられることなく逝ってしまった父と年老いてやっと日々を過ごしている母。。。

私が人の死に無関心なのはこのことと関係あるのでしょう ~~
by flowroku | 2011-09-06 21:23 | 日常生活 | Comments(6)
Commented by msreiko at 2011-09-07 05:54
ろくさん、その10年後くらいに知り合った?
私は、ろくさんが3人の子の母となり、薬剤師として働き続け、家をきりもりしてきたこと、立派なことだと思う。頑張ってきたと思うよ!!
お母さん、年老いて、愚痴が多くなるのはあたり前のことかもしれない。娘だからこそ言うのよ。私も母の長話と付き合ってる。^ ^;
Commented by flowroku at 2011-09-07 15:19
やはり、親の命日というものは寂しいものです。まあ、子供達も片親ながらなんとか大きくなりました。世間の偏見というものは大きいのだよ。就職にしろ結婚にしろ、後ろ指を指されないように頑張ってきました。

母の愚痴ねぇ。私仕事で毎日高齢者の愚痴を聞いているでしょう。もういやになるほど聞いてます^^;
Commented by REIKO at 2011-09-08 04:40 x
いつも思うけど、ろくさんの方が世間には詳しい気がする。
最近、少し分りかけたかも??世間というものが。
私は、「そんなの関係ねぇ」って思ってきたから。^ ^;
Commented by ろく at 2011-09-08 19:59 x
世間のしがらみは、知らなければそれに越したほうがよいような気がします。私はなにも知らないという幸せもあると思います。私は社会に出たことのない家庭の奥さまに憧れますが、私の知り合いは皆働いているわ ^^
私、あまり井戸端会議はしたことがないの (@_@;)
Commented by ファレ at 2011-09-10 07:18 x
私の父は、勤務先の小さな地元の病院で看取りました。たまたま、兄も法事で帰省していました。肝癌と告知しませんでした。

葬儀のバタバタはもうしたくないから、母に生前見積もりに行こうよ。遺影も撮影してくれるしと、ほとんどブラックユーモアを通り越した会話をしてます。


予告で見たエンディングノートという映画、見たいような見たくないような終活のお話ですって。
Commented by ろく at 2011-09-10 13:08 x
ファレさん・・・冗談じゃなく、それはとても大事なことだと思います。私の母ももうすぐお迎えが来ると思います。子供達は皆忙しく、そして無理のきかない年齢に達するのである程度のことは準備していてほしいです。

私の義理の父は意識不明になって二年近く介護病棟でいましたが、死ぬまでに葬式会場まで決まっていました。でも家の整理は、主人の兄弟がしたのですが、随分時間がかかったようです。嫁の立場で言えば、90歳を超えて自分のことを何も考えていなかった義父は無責任だと思いました。そして、そんなん義父を見てこれまで尊敬していた気持が消えうせました。

偉そうなことを言ってもわたしだって今死ねばたくさんの役に立たない遺品を眼の前にして子供たちが苦労するでしょう。ある程度歳が行けば身の回りの整理をしなくちゃ。最後の大仕事ですね^^
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