旗振山へ・・・

書道教室の仲間と梅の花を見にロープ―ウェイじゃなく徒歩で山道を歩いてきました。普段山道とは縁がないので、ついていくのに必死。梅の花もろくに見ずに・・歩くのに必死で余裕がなったの・・・旗振山を歩いてきました。ここから六甲縦走が始まるから、ここまでは登山とは言い難いのですが…明日は筋肉痛だろうな。いやあさってかな (-.-)

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     ↑↑↑   山頂から見ると・・・

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     ↑↑↑   旗振り茶屋でお昼。追)一般の人はこんなことできません。同行人(登山関係の人が数人)が茶屋のオーナーのお知り合いで、お鍋の材料をリックに入れてふもとから運んでくれたため特別に・・・すごいお鍋ですが、おいしかったです。水もちょろちょろしかでないため、材料は皆洗ってあった。
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     ↑↑↑   旗振山山頂は古山陽道の摂津国と播磨国の国境


登山…今は仕事があるから無理だけれど、、、私の隣に座った人はタイに17日間山登りに行っていたそうな、、、、贅沢な食事はなかったけれど人は皆やさしかったし、話はためになることが多かったです。
誘われたら、日帰りならまた行きそう (*^_^*)   肉体的にも精神的にも良さそう



 旗振山:鉢伏山より6.5m高い海抜252.8mの山で、大阪湾沿岸でこれだけの高さの山が海岸線より直線で1km以下で、これ程海岸線に迫っているのはここだけである。


 旗振山:山の名前は江戸時代から明治にかけて、大阪・堂島の米市場での相場が、毎日神戸、播州から岡山、広島、九州方面まで、旗を振って暗号でリレー式に伝えられる連絡・中継所であった由来による。
 堂島で振られた旗を、まず尼崎で受けて武庫川堤に送る。ここから六甲山系の南斜面に張り出した枝尾根のピークを渡って飛ぶのだ。東灘の金鳥山~諏訪山~高取山~旗振山~明石の和坂(かにがさか)~加古川の国包(くにかね)~姫路の御着~竜野~赤穂・・・・と伝達され、大阪-岡山間をわずか40分程で情報を伝えたという。(このため、江戸時代では、地形の関係から箱根越えを飛脚を使って8時間かけて江戸に伝えていたが、情報伝達のスピードで負けるため、幕府に大枚の冥加金を納めている飛脚問屋が幕府に陳情してしばしば旗振り禁止令を出したそうな。でもいつの間にか復活するといったイタチごっこが続いたそうな。)【出典:兵庫探検-総集編-神戸新聞社 p49~53 昭和56.10.25発刊】
by flowroku | 2013-03-19 21:41 | 日常生活 | Comments(0)
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